中島みゆき研究所 Miyuki Nakajima Lab
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2015/11/28 更新
2009/09/25 (金)
祝!デビュー34周年〜『時代』にまつわる伝説(再び)
今日は、1975年に、みゆきさんが『アザミ嬢のララバイ』でデビューした記念すべき日です。今年で34周年。来年は35周年ってことで記念で何かやるのかな?企画盤とかコンサートとか。

そこで、デビュー34周年を記念して、以前、掲示板に書いた「『時代』にまつわる伝説」を再び書かせていただきます。
実は、このシルバーウィークに、今月、北海道巡礼へ行った、みゆきファンの友人が訪ねてきて、貴重な資料や情報をいただいたんですが、その中で、帯広あたりでは、いまだに『時代』にまつわる誤った伝説が(みゆきさんゆかりの人々の口で)語り継がれているって話を聞いて、あらためて訂正しなければと思いまして。

先ず『時代』は、みゆきさんのお父様のことを唄った曲ではありません。「サンデー毎日」1977年11月20日号「編集長のカバー・インタビュー」で、みゆきさんが語ったとされてることは誤りです。当時、みゆきさんは、コンサートで『時代』を唄うとき、よくお父様の話をしていたので、勘違いした人が多いのかもしれませんが、お父様が病に倒れたのは1975年9月で、『時代』はポプコン参加曲として6月には出来てました。

もう一つは、ライターの石原信一さんが「あの日フォークが流れていた」という本に書いている、第10回ポプコンの予選では別の曲を唄っていたが、つま恋の本選会になって、いきなり『時代』に曲目を変更したという話。石原氏は「予選から本選までのあいだに『時代』を作った」とも書いてます。恐らく、前述の“ゆかりの人”に取材したんでしょう。

これも、第1次予選にあたる釧路・帯広地区大会(1975年7月29日開催)から『時代』でエントリーしていたことが、当時のプログラムなどから確認できているので、石原さんの記述は誤りです。

ちなみに、デビュー曲となった『アザミ嬢のララバイ』も、みゆきさんが“ポプコン参加曲”と紹介しているので、恐らく、1975年6月に『時代』やB面の『さよなら さよなら』などと一緒に第10回ポプコンに応募したんでしょう。ポプコンの「応募規定」には...【4】主催者側の意向により、本選会以前にレコード・放送・楽譜等で発表する場合があります。【7】応募曲数は一人何曲でもかまいません。...とあるので、主催者側の判断で『アザミ嬢のララバイ』はレコード、『時代』はポプコン参加曲となったのでしょう。



ところで、今回、入手した資料に興味深いものがありました。世界歌謡祭で『時代』がグランプリを獲得した際に、1975年11月19日付「十勝日報」に掲載された、みゆきさんのコメントです。

「ほんとうに夢のようです。グランプリといわれたとき、なにもかも自分を忘れてしまいました。まだ実感がわきません。これからも音楽の好きな仲間と唄ったり、作曲したりするつもり。私には北海道の風土が はだに合っているので、帯広を離れたくありません。またプロ歌手になるつもりはありません。」

アザミ嬢のララバイ』で、レコードデビューし、ポプコンと世界歌謡祭で『時代』がグランプリを獲得したにもかかわらず、「プロ歌手になるつもりはない」と、語っていたとは驚きです。一体、みゆきさんはいつ、プロになろうと思ったんだろう?ひょっとして、みゆきさんは、いまだに自分は「プロ歌手」とは思ってないのかなぁ?永遠の「アマチュア」?

2009/09/05 (土)
井上陽水さん
先月末、掲示板に書いた井上陽水さんとみゆきさんの接点ですが、ラジオ番組の整理をしていて、また、ひとつ見つけました。すっかり見落としてたんですが、1979年8月27日放送の「中島みゆきのオールナイトニッポン」に、井上陽水さんがゲスト出演してたんですね。ひょっとすると、他にもあるかも。

陽水さんが登場したのは番組終盤の「宿題コーナー」。『白い一日』(作詞:小椋佳/作曲:井上陽水)をネタにした投稿コーナーで、陽水さんは審査員みたいな形で出演されてました(本当はフォーライフレコード制作の映画の宣伝なんですけどね)。なので、2人のフリートークは、ほとんどありませんでした。どうやら2人は初対面だったようで、みゆきさんは極度に緊張してました。

ただ、一点、みゆきさんが「陽水さんの影響で自分も歌詞カードを手書きにした」みたいな発言をしている箇所がありました。みゆきさんが達筆すぎて読めなかったハガキの文字(名前)を、陽水さんに読んでもらった後に....

  みゆき「あっ、書道ができるんですよね?」
  陽水 「できるって言うんじゃないんだけども、永く..ちょっとね...」
  みゆき「歌詞カードの文字、凄かったですね」
  陽水 「一時やりました。一生懸命」
  みゆき「感動的でした。あれにつられて自分で書いて、自分の字見て吹きましたけどね。私は〈笑〉」

と、冗談めかして話してました。真偽のほどは判りませんが、先月27日の教育テレビ「LIFE 井上陽水 40年を語る」に寄せたコメントで「私の弟が陽水さんのレコードを集めておりました。で、その歌詞カードを盗み読みしてまして、陽水さんのお言葉。その文字で、“オーッ”と思ったあとに...」と、言っていたので、強ち冗談ではないかもしれません。

ちなみに、この放送では、先日、掲示板に書いたような会話はありませんでした。結構、プライベート〈例えばコンサートの楽屋とか〉で2人は何度か会ってるのかもしれませんね。



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