中島みゆき研究所 Miyuki Nakajima Lab
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略歴
2015/05/27 更新
Miyuki Nakajima
肖像
portraits
中島みゆきの肖像 中島みゆきの肖像
名前
name
中島みゆき
Miyuki Nakajima
本名
real name
中島美雪(なかじま・みゆき)
Miyuki Nakajima
生年月日
birth
1952年2月23日
February 23, 1952
出生地
birth place
北海道札幌市
Sapporo, Hokkaido
学歴
school education
北海道岩内町立岩内西小学校
Iwanai West Elementary School
北海道帯広市立帯広小学校
Obihiro Elementary School
北海道帯広市立帯広第三中学校
Obihiro Daisan Junior High School
山形県山形市立第六中学校
Yamagata Civic 6th Junior High School
北海道帯広市立帯広第三中学校
Obihiro Daisan Junior High School
北海道帯広柏葉高等学校
Hokkaido Obihiro Hakuyou High School
藤女子大学文学部国文学科
Fuji Women's University Faculty of Letters Department of Literature
職業
occupation
作詞家, 作曲家, 歌手, 作家, 女優
Lyricist, composer, singer, writer, actress
有限会社あいらんど取締役
Director of ISLAND Ltd.
株式会社ヤマハミュージックコミュニケーションズ取締役
Director of YAMAHA MUSIC COMMUNICATIONS co.
財団法人ヤマハ音楽振興会理事
Director of YAMAHA MUSIC FOUNDATION
家族
family
祖父:中島武市(帯広市議会議員)(1896-1978)
Grandfather: Buichi Nakajima (Assembly member of Obihiro city council) (1896-1978)
父親:中島眞一郎(産婦人科医師)(1924-1976)
Father: Shinichiro Nakajima (Doctor of obstetrics and gynecology) (1924-1976)
母親:中島典子(有限会社あいらんど代表取締役)(1929-)
Mother: Noriko Nakajima (Representative Director of ISLAND Ltd.) (1929-)
弟:中島一朗(外科医師、有限会社あいらんど取締役)(1955-)
Younger brother: Ichiro Nakajima (Surgical doctor, Director of ISLAND Ltd.) (1955-)
好きな食物
favorite foods
めん類、焼き鳥
Noodles, Yakitori
嫌いな食物
hated food
ホヤ、甘い椎茸
Hoya, Mushroom cooked sweet
尊敬する人物
respects
谷川俊太郎(詩人)
Shiyuntarou Tanigawa (poet)
所ジョージ(タレント)
George Tokoro (Talent)
木の実ナナ(俳優)
Nana Kinomi (actress)
大滝秀治(俳優)
Hidegi Otaki (actor)
趣味
hobby
寝ること, 消しゴム集め
Sleep, Collecting erasers
生い立ち
upbringing
1952年2月23日、北海道札幌市に生まれる。父親は産婦人科医。1957年、5歳のときに、父親の転勤にともなって岩内に転居。1963年、祖父の住む帯広で父親が産婦人科医院を開業。家族とともに移り住む。高校は道内有数の進学校・帯広柏葉高校へ入学。高校3年の文化祭で初めてステージに立ち、『鶇の唄』など自作の曲を披露する。高校卒業後、札幌の藤女子大学文学部に入学。寮生活を始める
アマチュア活動
amateur
大学在籍中から北海道大学のフォークソング研究会に出入りしながら音楽活動を始め、「壊れた蓄音機」「風船」などのグループに参加する。1972年、ニッポン放送の音楽番組「バイタリス・フォークビレッジ」が主催する「第2回・全国フォーク音楽祭全国大会」に北海道代表として参加。自作の『あたし時々おもうの』を唄いグランプリは逃したものの優秀賞に選ばれる。この時、プロデビューの誘いもあったが課題詩であった谷川俊太郎の「私が歌う理由」に衝撃を受けデビューを辞退した(プロダクションと意見が合わなかったという説も)
プロデビュー
debut
1974年、藤女子大学を卒業後、1年間のアマチュア活動を経て、1975年にヤマハが主催する「第9回ポピュラーソングコンテスト」に『傷ついた翼』で入賞。同年9月、キャニオンレコードから『アザミ嬢のララバイ』でデビュー。「第10回ポピュラーソングコンテスト」「第6回世界歌謡祭」で『時代』がグランプリを獲得し一躍その名が知られるようになる
ヒット
hit tune
1977年、通算5枚目のシングル『わかれうた』が大ヒット、以降、『悪女』(1981年)『空と君のあいだに』(1994年)がヒットチャートの第1位を獲得。松任谷由実とともにニューミュージックの女王などと呼ばれるようになる
提供曲
song writer
ソングライターとしても数多くのアーティストに楽曲を提供、研ナオコの『あばよ』『かもめはかもめ』、加藤登紀子『この空を飛べたら』、桜田淳子『しあわせ芝居』、柏原芳恵『春なのに』、工藤静香『黄砂に吹かれて』『慟哭』など、数多くのヒット曲を生み出している
ラジオ
radio personality
1979年、ニッポン放送の深夜ラジオ番組「オールナイトニッポン」のパーソナリティを担当。その作品世界とはあまりにかけはなれたトークが若者を中心に人気を集め、数々の伝説を生み出した
ライブ
Live Performance
1989年から言葉の可能性を探る実験的ステージ「夜会」をスタート。コンサートを越えた演劇的アプローチが高く評価されている

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